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酒器 / 青銅器(爵など)

青銅器(爵など)の高価買取なら、年間累計買取実績1200件以上の江戸市川が大切なお品を確かな鑑定力で見極めます。

古代中国の殷王朝時代などで盛んに製造された青銅製の酒器がよく知られた存在です。
爵などの青銅器のご売却や処分を検討されていましたら是非「江戸市川」にお問い合わせ下さい。電話0120-456-956・メール・LINEでのお問い合わせを承っておりますのでお気軽にご相談下さいませ。

青銅器(爵など)

青銅器(爵など)の高価買取ポイント

どんな中国青銅器が高額買取となりやすいか

中国の古代青銅器で現在も中国美術品として評価されているものが爵や尊、鼎などの酒器・食器の類となっております。そしてそのほとんどの中国青銅器が単なる酒器としてではなく祭器や礼器として運用されており酒器としてのみならず中国芸術のひとつとして高値買取対象となっております。
ただ中国青銅器文化は紀元前2000年頃に興った文化なためレプリカ品も多く流通しております。

中国青銅器など中国美術品の高額査定ポイント

中国の青銅器など中国美術品は室町時代に唐物と珍重されて以来日本にかなりの数で入ってきております。また旧日本軍関係の方がお身内におられる方ですと満州時代に持ち帰ってきた中国美術品をお持ちであることも間々ございます。
中国美術品は古来より高額で取引されているため贋作の数も大変多く、作品の質はもちろんですが由来や伝来が重要となります。つまり「誰が持っていたものか」や「どこで入手したものか」「どこの店や百貨店で購入したものか」などです。これは作品に対する客観的評価と繋がる要素です。

爵などの中国青銅器は酒器として作られたものですがコレクターの方で実際に酒器として用いていた方はほとんどいらっしゃらず、もっぱら鑑賞用として飾られていた方がほとんどです。古い青銅器ですので錆が当然ありますが、その錆も査定ポイントとなります。錆がないからプラス査定、錆が多いからマイナス査定ということには必ずしも繋がりません。
また中国青銅器には柱や把手、足が付いているものが多く、欠損しておりますと査定としてはマイナス評価となってしまいます。

高額買取されやすい中国青銅器の特徴

古代中国青銅器は文様の美しさでも知られております。中でも饕餮紋(とうてつもん)と呼ばれる中国神話上の架空の生物をモチーフとした文様は人気が高く中国青銅器の高額買取となりやすい傾向にあります。ただ饕餮紋はあまりに有名なため贋作も多く作られております。

青銅器(爵など)に関するよくある質問

爵など中国青銅器の査定見積もりや出張買取に費用はかかりますか?

「江戸市川」では爵など中国青銅器の査定や出張に関する手数料を一切いただいておりません。加えて無料に全国出張買取させていただいておりますのでお気軽にお問い合わせくださいませ。

棚にずっと飾ってあった中国青銅器があるのですがホコリがひどいため査定前にきれいに手入れした方がいいですよね?

そのままの状態で構いません。ホコリなどで査定評価が大きく変わることはなく逆に掃除中に誤って破損してしまうとかえって評価を下げてしまう恐れもあります。
青銅器は陶磁器に比べると破損しにくくはありますが古い骨董品であることには変わりなくデリケートな一面もございますのでありのままの状態でお願いしたく存じます。

錆がひどくとても価値のある中国美術品には見えないので不燃ゴミで処分してもいいですよね?

中国の古代青銅器のみならず日本の青銅器の査定では錆の出方が大変重要なので錆びているからといって価値がないというわけではございません。また無理に錆を取ろうとせずそのままの状態でお見せくださいませ。

青銅器(爵など)の歴史

中国青銅器の歴史

中国での青銅器製造は紀元前2000年頃始まったとされており、それは古代エジプト文明やメソポタミア文明が紀元前4000年頃に始まったのに比べるとだいぶ遅かったと言えます。
中国黄河中部で栄えた二里頭文化を中国最古の青銅器文化と見なすのが一般的で時代的には「夏」「殷」で見解が分かれるため二里頭文化期と表記されております。
もっとも大学入試で世界史を選択した私にとってはこの時代は商殷の方が馴染みがあります(笑)

中国の青銅器文化は殷(紀元前1600~紀元前1050年頃)から西周(紀元前1050~紀元前770年頃)、そして春秋時代(紀元前770~紀元前453・403年)まで続き、中でも殷・周時代の青銅器は中国美術品としても評価も高く中国古玩として高額取引されております。

殷や周の青銅器は単なる酒器や食器ではなく宗教儀式で用いられた祭器や礼器であり、且つその所有者の社会的権威や地位を表すための社会的意味をもった神聖な器物でした。
特に酒は宗教儀式において供物として重要な位置付けにあり、爵や尊など多くの青銅製の酒器が作られます。
爵は中国青銅器の中で最も早く作られた酒器で、殷時代になると鋳造技術の向上から器形や文様が多様化し周時代に中国青銅器文化は盛隆を極めました。

文様は複雑化し饕餮紋に代表される独創的な文様が数々生み出されました。また表面を覆い尽くすかのような総模様も中国青銅器の特徴のひとつです。
殷時代は祭祀器として青銅製の酒器が多く作られ、その種類も多岐に渡るようになりますのでいくつか紹介したいと思います。

温酒器
爵(しゃく)・斝(か)・角(かく)

飲酒器
爵(しゃく)・觚(こ)・觶(し)

注酒器
盉(か)・兕觥(じこう)

盛酒器
尊(そん)・方彝(ほうい)・卣(ゆう)・壺(こ)・瓿(ほう)・罍(らい)

酒器の他にも鼎などの食器や水器、楽器として作られ、いずれもやはり日常生活で使用されるものと言うより祭祀器としての役割が大きかったと考えられております。
より時代別に細分化すると爵は最も古い青銅製の酒器ですが殷後期では生産数が減りつつあり尊や卣が主体となったとされております。この様に中国青銅器は時代によって選択と淘汰が進んでいき、文様も形式化されるようになると意味合いも変わってくるようになりました。
春秋時代では天子の威光が失墜していたため青銅器も権威の象徴とはならず、各地の諸侯でも制作されるようになります。礼器としての意味合いはなく諸侯の権力誇示のためにデザイン性の強い文様が流行し、王家の象徴であった龍紋が特に多く施される様になりました。
器自体も大型化し蝋型の技術も発達したのもこの時代です。

春秋戦国時代を経て中国を統一した秦時代になると青銅器の制作は衰退の一途を辿ります。殷や周の時代からの慣習や価値観を徹底的に否定した秦の焚書坑儒は有名ですがそれは青銅器も同様でした。古代中国青銅器は儒教が理想とした周時代の象徴の霊器と捉えられていたため廃棄の対象となったためです。
ただその後の前漢時代では周時代の古代青銅器は逆に縁起のよいもの、吉祥を導くものとされ、更に宋時代には倣古銅器と呼ばれる中国古代青銅器を模倣した作品が多く作られたのは興味深いところです。