【急須買取】これから急須を売りたいとご検討の方が抑えておきたい急須買取重要ポイント【急須処分】
2020.12.07
- 江戸市川コラム
- 茶道具
【これから急須を売りたいとご検討の方が抑えておきたいポイント】はじめに
赤茶色の急須をご存知の方はいらっしゃいますでしょうか。
これは中国江蘇省宜興市で現在でも生産されている「紫砂茶壺」か、その紫砂茶壺に憧れて自らの名産とした日本の常滑焼の「朱泥急須」になるかと思われます。
今、この赤茶色の急須が大変高額で取引されていることをご存知でしょうか。
香港や台湾での煎茶ブームを皮切りに中国本土でも紫砂茶壺や朱泥急須の価値が再評価され、いまや富裕層を中心に投機の対象となっております。
これからご遺品の整理や身辺の整理をされようと思われている方の中で「あれ?赤茶色の急須ってあった気がする」と思われている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
でも赤茶色の急須と言われても「どんな急須に価値があるのか」あまり煎茶道具にご興味が無い方にとって分かりにくいと思います。
そこで今回は「はじめて朱泥急須や中国の急須を売却したい」という方や逆に「これから宜興の紫砂茶壺や常滑焼の朱泥急須を購入したいから詳しく知りたい」という方に分かりやすくポイントをご説明していきたいと思います。
【急須買取】中国宜興紫砂茶壺について
急須の買取において高額買取となる可能性が高いのが中国宜興で製造された急須です。
中国では急須のことを茶壺(ちゃこ)と呼びます。そして中国における煎茶道具の代表はこの宜興紫砂壺と言っても過言ではないのです。
中国宜興紫砂茶壺とは
中国江蘇省宜興はかつて陽羨(ようせん)と呼ばれ秦時代以降2000年以上古くから陶器を生産する都市として知られており、中国八古窯のひとつです。
磁器で有名な窯は景徳鎮ですが陶器といえば宜興窯と称されるほどです。
宜興で採れる土は鉄分が多く含まれ、焼成すると朱茶色になることから朱泥や紫泥と呼ばれておりますが、この朱泥や紫泥そして緑泥の総称を「紫砂」と言います。また中国では一般的に「富貴土」と呼ばれております。
そして紫砂で作られた急須を紫砂壺(しさへい・しさこ)と言います。
あまり日本では馴染みのない呼び方ですので分かりやすく紫砂急須とも表記しますが、いずれにしましても宜興の紫砂壺(紫砂急須)にはお茶を淹れると渋みや灰汁が急須に付着吸収し、使い込むうちにお湯を淹れるだけでお茶の香りが立ち込めるほどに急須が育つという特徴があります。
また紫砂の茶壺(急須)は通気性がよく水は通さないという特性があります。さらに保温性も高くお茶が冷めにくい点も見逃せません。
紫砂茶壺(急須)の原料はアルミノけい酸塩や鉱物を含む粘土になりますが、同じような成分比率の粘土は中国各地で産出します。ただいずれも全く同じ成分というわけではなく微妙に異なる差が焼成した陶器には大きな差として現れるのです。宜興紫砂と似た成分の粘土で制作した急須でも宜興紫砂には及びません。
紫砂を語る上で外すことのできな黄龍山という場所があります。
ここは上質な紫砂が採れるところとして知られております。しかし2005年に黄龍山の紫砂泥は採掘を一時禁止されました。これは宜興市が紫砂の埋蔵量の調査と今後の計画を制定するまで過度な採掘による地下資源枯渇を防ぐための処置です。
現在では宜興市が毎年の採掘量を決め徹底した量の管理がなされております。
そのため、現在では紫砂泥自体が大変貴重なものとなってしまい、宜興紫砂茶壺(急須)が高額取引される理由のひとつとなっております。
私たちが「宜興紫砂茶壺(急須)」と呼ぶものの原型は宋時代だと考えられております。
南宋時代から元の時代の頃には朱泥と紫泥の二つの種類があり、共に後手の把手と摘み付の蓋など紫砂茶壺(急須)らしい形状が既に完成されていたことが発掘品より判明しております。
この時代のお茶は錫などの金属製の湯沸しが重宝されており、宜興の紫砂茶壺(急須)はいわば代用品として作られておりました。
北宋時代の詩人・梅尭臣など一部の文人は紫砂茶壺(急須)の価値を見抜き愛玩するようになりますが、明時代の名工・供春の出現と共に紫砂茶壺(急須)は急激に評価を高め、文人の間で一気に流行します。
その後も数々の名工を輩出した宜興はその名声を中国全土に広めるまで時間はかかりませんでした。また宜興は景徳鎮のような官窯ではなく庶民向けの民窯であったことも流行の一端と言えるでしょう。
明王朝時代に花開いた中国の茶文化と紫砂茶壺(急須)は新王朝時代に最盛期を迎えます。
清王朝時代に生まれた「粉彩」の技法により上絵の紫砂茶壺(急須)が生産されるようにもなり数多くの優品が残されております。
中華人民共和国成立後の1958年に国営の宜興紫砂工芸厰が設立され、新しい作家育成が国家プロジェクトの一環として行われる様になりました。
1980年代から90年代にかけて宜興紫砂茶壺(急須)ブームが香港や台湾の富裕層を中心に起こり、宜興紫砂急須は大変高額で取引されるようになりました。
今現在でも時代のある、古い宜興紫砂茶壺(急須)は中国美術品オークションにて一つ約2億円で落札されるほど価格は高騰しております。それ故に中国の急須、特に朱泥急須や紫泥急須といった宜興紫砂茶壺は高額買取される可能性が大いにございます。
中国宜興紫砂茶壺(中国急須)高額買取対象作家
こちらでは高額買取されるケースがある宜興紫砂茶壺(急須)の有名作家を時代別でご案内したいと思います。以下の作家の急須は高額で売却できる急須かもしれません。
明時代
・供春(きょうしゅん)
宜興紫砂茶壺(急須)の名工。自身の銘を入れた宜興最初の作家。
供春以降、宜興の名工は作品の自身の銘を入れるようになる。
四大家
時鵬・董翰・趙良・元暢
・時大彬(じだいひん)
供春と並び称される名工。時鵬の息子。文人好みの小さい急須を作り人気が高まる。
時大彬、時大彬の弟子の李仲芳・徐友泉の3人は「明代三大紫砂の妙手」と称される。
・恵孟臣(けいもうしん)
明末期の名工。小型の急須の名手として知られ、その宝珠型の急須は「孟臣壺」と呼ばれ、後の小型急須の典型となる。
清時代
・陳鳴遠(ちんおうえん)
新時代初期の最高の名工として名高い。植物や昆虫をモチーフに装飾性に富んだ急須を作る。
・葛明祥(かつめいしょう)
清朝中期の名工。炉均釉で有名。
・陳鴻寿(ちんこうじゅ・陳曼生)
篆刻家・書家・画家。十八種類の紫砂壺のスタイルを考案し、また急須の本体に装飾として銘文を刻することも考案。そうして制作されたものが、後に「曼生壺」と呼ばれて人気を呼ぶ。
・楊彭年・楊鳳年
陳鴻寿に依頼され「曼生壺」を制作したことで有名。楊鳳年は宜興初の女流作家としても知られている。
・邵大亨・朱名海・馮彩霞
清朝末期の作家
中華民国時代
・朱可心・陳寿珍・兪国良・呉雲根・範福奎
【急須処分】日本の急須について
日本の煎茶の源流は中国河南省の喫茶文化と云われております。
煎茶は中国文人趣味に対する憧れがあり、唐物が珍重される風潮があります。
中でも紫砂茶壺に対する憧れは大きく、江戸時代にも「孟臣」銘の紫砂茶壺が多く輸入されました。
尤も宜興の紫砂茶壺は当時の中国清王時代の中国文人たち垂涎の品だったため日本に輸入されることはほとんどなく、日本に入ってきたのは小振りな急須しかなかったそうです。
日本産急須の歴史
日本の煎茶文化の中心は京都であったため京焼は古くから多くの煎茶道具を生産しております。江戸時代における中心人物は間違いなく青木木米と仁阿弥道八となるでしょう。
他にも清水六兵衛、永楽保全、永楽和全、欽古堂亀祐、尾形周平なども活躍します。
交趾焼は煎茶道具の水注などで日本でも珍重され京焼で盛んに交趾焼の写しが作られる様になりました。
また三重県萬古や愛知県常滑では焼き締めの急須が作られる様になり日本の朱泥急須産地として成長を遂げます。
常滑焼で朱泥急須が生産されるようになったのは1858年安政年間以降と云われております。
それまでも尾張藩主の命により茶器や酒器の生産はされており、白泥土による急須や南蛮焼の焼き締めによる急須作りは煎茶の中心だった京とも肩を並べる高い技術力の証左でもありました。その高い技術力こそ、その後の常滑での朱泥急須作りの発展の原動力と言っても過言ではないでしょう。
一般的に日本の朱泥急須は中国の紫砂茶壺の後手と異なり横に把手が付いた急須が多いというイメージですが、これは戦後に定着したものであり明治期の常滑の朱泥急須など後手のものも残されております。
また宝瓶も日本の煎茶には欠かすことのできない急須となります。
宝瓶は「把手のない急須」です。低い温度のお湯でじっくりとお茶のうま味を引き出し、最後の一滴まで楽しむために用いられる煎茶道具となります。
急須といえば把手のあるものと思いがちですが宇治茶で知られる京都では宝瓶も多く用いられております。
玉露はもちろん、かぶせ茶や手揉み茶といった上質な茶葉を淹れる際に用い、お茶の葉が持つ本来のうま味やコクを堪能することができます。
日本急須高額買取対象作家
常滑焼
・山田常山・山田宝生・吉川雪堂・吉川壺堂・沢田昭邨・吉川房夫(壺堂)・白道・吉川秀樹・岩瀬弘二・伊奈長三・杉江寿門・磯村白斎
萬古焼
・笹岡秦山・山本広巳・堀友直・川村又助・山中忠左衛門・人見洞永・水谷寅次郎(碧山)・大塚斉家(香悦)・田中徳松(東錦堂)・岸園山・笹岡春山
【急須買取】急須の高額査定ポイント
これから宜興紫砂茶壺や朱泥急須といった急須を売却したいという方は以下のポイントを抑えていただくことをお薦め致します。
①保存状態・コンディションの良し悪し
これは宜興紫砂茶壺や常滑の朱泥急須に限った話ではありませんが、割れや欠け、ヒビなどの損傷の有無は買取査定において重要なポイントとなります。
急須の場合、注ぎ口や把手、蓋の摘み、さらに蓋の内側などは割れやすい箇所となりますので朱泥急須や紫砂急須を査定に依頼する際には是非ご確認下さい。
②古い朱泥急須、紫砂茶壺であるかどうかの確認
時代の古い急須は骨董品としての価値が加味され、通常より高額査定がされやすい傾向にあります。「枯れた色」と一言で申し上げると簡単なのですが、文人趣味の強い日本の煎茶道具では風合いのよい、素朴な急須が重宝されております。
第一印象の「古い」という感覚は案外大事で、お持ちの急須の中でホコリを被り古く見える急須は高額査定の可能性があるかもしれません。
③底にある「銘」の確認
紫泥急須や朱泥急須の底の部分には「中国宜興」や「孟臣」「荊渓恵孟臣製」といった具合に銘が彫られたものがございます。
これは本来、作家の作品であることを意味する印ですので有名な作家による紫砂茶壺や朱泥急須は高値買取される可能性もございます。
④箱や付属品の有無
中国の急須はともかく、日本の常滑や萬古の急須買取においては作家自身による共箱の有無が急須高額買取では必須条件となります。
中国の朱泥急須や紫泥急須は渡来してから日本で煎茶道具として伝来していると推察できる時代箱に納められておりますと査定の際にプラス評価となることが多く見受けられます。
さらに由来を示す箱書きがあればなお信ぴょう性が増しますので査定評価はプラスとなります。
【急須買取】急須の売却で気を付けるべきポイント
上記の高額査定ポイントでお持ちの急須の確認をされた後、ご売却されたい場合には以下のポイントにお気をつけください。
まずヤフーオークションやメルカリ、ラクマといったフリマサイトでの個人間取引による紫砂茶壺や朱泥急須をご売却される際は「贋作であるかどうか」にお気をつけください。
底に「孟臣」などの銘が入っている紫砂茶壺は確かに高額取引されている急須の一つです。
時代も古くきちんとした伝来の急須であれば高額落札も可能でしょう。
しかしながら著名な作家の紫砂急須は贋作の数も相当に存在してしまいます。江戸時代以降「孟臣」の銘で日本に輸入された急須は数多く、さらに現在でも「孟臣」はひとつの商品ブランドのような意味合いで生産されております。
中国では古い良品を模倣して後世に伝えるという文化があり、作風や印を写した作品が多く流通している文化的背景もあります。
さらに巧に古色をつけた現代急須は年々見分けることが難しくなっており、あまり中国の急須や古い朱泥急須に馴染みの無い方ではなおさらその見分けは困難と言わざるを得ません。
家にあった朱泥急須を個人間で売却された場合、価格によっては思わぬトラブルへ発展してしまう恐れもございます。ではトラブル防止の為に低い価格で売却した場合ですと、もし仮に本物だとしたらそれはお客様にとって大きな財産の損失となる可能性も少なくありません。
個人間でのお取引は結果的に相場感覚と真贋を見極める眼力が求められてしまいます。
そのためこれから中国の急須や朱泥急須を売りたい方はご自身の代わりに相場観と真贋を見極める鑑定力と知識のある買取専門店へのお問い合わせをお薦め致します。
信用のおける買取専門店であればお客様の大切な急須の時価評価をしてくれるはずです。
もし買取専門店に紫砂急須や朱泥急須の査定をご依頼される際は以下の点にご注意ください。
査定前に汚れを落そうと清掃をしようとした際に誤って破損されてしまう実例がございます。査定前の清掃は基本的に不要です。ホコリを取り除く程度に届け、極力現状のまま査定にご依頼することをお薦め致します。
【これから急須を売りたいとご検討の方が抑えておきたいポイント】まとめ
急須の中で最も高額買取される可能性が高いのが中国宜興の紫砂茶壺(朱泥急須・紫泥急須)です。日本の常滑焼の朱泥急須も中国で人気のある作家の作品は高額買取対象となり得ます。
例外もございますが、現在流通している朱泥急須で中国宜興のものか常滑のものかを見分けるポイントは把手の位置の違いが挙げられます。
宜興の紫砂茶壺は高額取引されるため、写しや贋作にも注意が必要です。特に個人間で売却をされる場合はご注意ください。
またこれから急須を売りたい、処分したいと思われる方は買取専門店へのご依頼も一つの案としてお薦め致します。その際は急須に詳しい買取専門店の選択が必要となりますので各買取店のHPなどでご確認いただきご依頼くださいませ。
私たち「江戸市川」ではお客様のお気持ちを第一に考え、煎茶道具、急須などを大切にお預りさせていただいております。
急須に精通した鑑定士がご対応させていただいております。
他の買取業者には断られた急須でもご依頼・売却いただけます。
急須の売却には是非、酒器・骨董品買取専門「江戸市川」にご用命ください。
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