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木彫りの熊 / アイヌ民芸 / アイヌ工芸

アイヌ工芸の高価買取なら、年間累計買取実績1200件以上の江戸市川が大切なお品を確かな鑑定力で見極めます。

アイヌ民芸品(アイヌ工芸品)の高額買取は「江戸市川」にお任せ下さい。
アイヌ文様の施されたマキリやイクパスイなどのアイヌ木工やアイヌ彫刻、またアットゥシなどアイヌの染織品はコレクターズとして人気が高く高額買取の可能性がございます。
もしお持ちのアイヌ民芸品(アイヌ工芸品)のご売却や処分を検討されていましたらぜひ「江戸市川」にお問い合わせ下さい。電話0120-456-956・メール・LINEでのお問い合わせを承っておりますのでお気軽にご相談下さいませ。

アイヌ工芸

アイヌ工芸の買取対象作家

▼アイヌ染織
アットゥシ・アイヌ木綿衣(チカルカルペ・ルウンペ・カパラミプ・チヂリ)・マタンプシ(鉢巻)・テクンペ(手甲)・ホシ(脚絆)・マンタリ(前掛け)

チェプケリ(鮭皮靴)

蝦夷錦(山丹服)

▼アイヌ木工
イタ・メノコイタ・タンパクオプ(喫煙具)・マキリ(小刀・包丁)・タクネピコロ(宝刀)・イクパスイ(祭祀器)

ニポポ

▼装身具
アイヌ玉・シトキ・タマサイ

▼アイヌ工芸作家
阿部紀男・藤戸竹喜・川村エベレ・瀧口政満・床ヌブリ・貝澤徹・貝澤幸司・貝塚守

砂澤ビッキ

無名作家のお品物も買い取ります!

アイヌ工芸の高価買取ポイント

どういったアイヌ民芸品(アイヌ工芸品)が高額買取となるのか

アイヌ民芸品(アイヌ工芸品)とはアイヌの木工品や染織品等の総称となり多岐に渡ります。その中で高額査定となりやすいアイヌ民芸品(アイヌ工芸品)は昭和初期頃、戦前までのものです。アイヌが実際に使用したアットゥシなどのアイヌ民族衣装やイクパスイといったアイヌ木工はそれぞれにコレクターが存在し需要があるため高値買取となりやすい傾向にあります。
また有名なアイヌ彫刻家やアイヌ木工に魅了された北海道工芸家などの所謂「作家もの」も高額買取対象となり得ます。
ただアイヌ民芸品(アイヌ工芸品)は先述しました通り、かなりの種類がございますのであまりアイヌ民芸品(アイヌ工芸品)にご興味がない方ですと価値がわかりにくいため、ご売却を検討中でしたら一度弊社「江戸市川」のお問い合わせ頂ければと存じます。

アイヌ民芸品(アイヌ工芸品)高額査定のポイント

アイヌ民芸品(アイヌ工芸品)のほとんどが手仕事による織物や木彫のため保存状態の良し悪しが先ずは高額査定のポイントとなります。木製のものが多いため、査定時には乾燥で割れてしまったアイヌ民芸品(アイヌ工芸品)もよく拝見いたします。
マキリの刀身は多少の錆でしたら問題ありませんが鞘から抜くことができないほど錆びてしまったものは査定としてはポイントが下がります。
ただ希少性の高いアイヌ民芸品(アイヌ工芸品)や著名な作家の作品は割れや欠けがあっても現存する数が少ないなどの理由から高額査定となる場合もございますので処分ではなく一度私たち「江戸市川」にご相談いただければ光栄です。

高値買取になりやすいアイヌ民芸品(アイヌ工芸品)の特徴

高値買取になりやすいアイヌ民芸品(アイヌ工芸品)の特徴のひとつに「アイヌ文様がついているかどうか」が挙げられます。
アイヌ民芸品(アイヌ工芸品)は木工や染織が中心ですが大変種類が多いためどんなものがあるのかあまりご存知ではない方もいらっしゃると思います。しかしアイヌ文様でしたら見たことがある方も多いのではないでしょうか。
渦巻き模様や棘模様といったアイヌ文様は様々なアイヌ民芸品(アイヌ工芸品)に施されておりアイヌの象徴と言っても過言ではないでしょう。現在でも二風谷のイタやアットゥシといった伝統工芸品【伝統的工芸品)にアイヌ文様は施されており、貝澤徹・貝澤幸司・貝澤守の手によるイタなどアイヌ木工は高額買取対象になります。

加えて作家によるアイヌ彫刻も高値買取対象となります。高額買取対象作家のひとり瀧口政満はアイヌでも北海道出身でもありませんがアイヌ彫刻に魅了され阿寒湖畔に移住し彫刻家となりました。
そしてアイヌ出身の現代彫刻家・砂澤ビッキは世界的にも高い評価を受けた日本を代表する彫刻家の一人でアイヌ彫刻という枠ではなく現代彫刻として高額買取対象となっております。

アイヌ工芸に関するよくある質問

アイヌ民芸品やアイヌ彫刻の査定見積もりや出張買取に費用はかかりますか?

「江戸市川」ではアイヌ民芸品やアイヌ彫刻の査定や出張に関する手数料を一切いただいておりません。無料に全国出張買取させていただいておりますのでお気軽にご依頼くださいませ。

壁に掛けて飾ってある木彫りのアイヌ民芸品がほこりだらけなのですが査定前に洗った方がいいですか?

埃に覆われていても全く問題ございません。そのままの状態でお見せいただければと存じます。

アイヌ民芸品(アイヌ工芸品)の買取相場を教えてください

アイヌ民芸品(アイヌ工芸品)も時代が古いものですと骨董品としての価値も高まり買取価格も大きく変動します。また有名な作家や彫刻家が作ったアイヌ民芸品(アイヌ工芸品)高額査定となりやすいのですが贋作も多いのもまた事実です。特に砂澤ビッキの作品は贋作が多いことでも有名です。加えてその時の経済情勢も相場には影響を与えます。
お持ちのアイヌ民芸品やアイヌ彫刻の価値が気になる方は是非「江戸市川」にお問い合わせいただければと存じます。

アイヌ工芸の歴史

砂澤ビッキとアイヌ彫刻

砂澤ビッキはアイヌを代表する彫刻家として度々紹介され、ビッキの作品は高額買取対象であり、買取業者においてもアイヌ彫刻というカテゴリーで語っている業者も少なくありません。
確かにビッキ自身は昭和6年に旭川アイヌの両親のもとで生まれましたが作品にはあまりアイヌ彫刻の影響を受けているようには見受けられません。ビッキの育った旭川の近文では松井梅太郎という木彫り熊作家が活躍し、彼の周りにも多くの熊彫り作家がおりました。昭和10年代は木彫りの熊が一大ブームとなりビッキの叔父である砂澤一郎もその渦中におり北海道観光客を相手に木彫り熊を売っておりました。

一方ビッキが本格的に絵を描くようになったのは戦後の昭和23年頃、そしてクレヨンや鉛筆で動物の絵を描く傍らマキリと呼ばれているアイヌの小刀の使い方を独学で学んだそうです。
ビッキは昭和30年阿寒湖畔の土産屋で「シャンソンを歌い、抽象美術を語る青年」として記事となり観光客の人気の的となります。その記事はビッキと鎌倉出身のモダンアーティスト・山田美年子との恋愛話であり、事実ビッキは美年子との出会いで鎌倉を拠点に木彫家として創作活動を開始するようになりました。

鎌倉生活でのビッキ最大の出会いは澁澤龍彦との出会いでしょう。澁澤龍彦といえばフランス文学・哲学の重鎮です。ビッキはそこで戦後の新しい価値観や思想、哲学を学び啓発され、それが作品へと昇華したと私は考えます。
ビッキ作品に施された文様はアイヌ文様とは全く異なる意匠でバックボーンにアイヌ彫刻を感じることはありません。陰影のある彫りには鎌倉を拠点とするビッキの身近にあった鎌倉彫に近いと思われます。

砂澤ビッキの作品や思想には澁澤龍彦の影響が大きく「個人化」が存在すると思われます。
そういう意味において砂澤ビッキという彫刻家はアイヌ彫刻家ではなくポストモダンアートを代表する現代彫刻家であると感じずにはいられません。